冷えた麦茶
No.534 / 2022年7月11日配信
あの昭和時代の話、夏なると今でも思い出すのが麦茶をよく飲んだことです。生水は危ないので、できれば麦茶のような一度沸騰させたものをという時代。今のようにペットボトルに入った便利なお茶など売っていませんでしたが、自宅に来客があるときは必ずといってもいいほど、冷えた麦茶が出されたものです。扇風機の風にあたり、汗を拭きながらみんなその麦茶を飲んでいました。
我が家では、梅雨空け宣言が出される前には、母が踏み台に乗って、戸棚の上においてある大きな包みを降ろしていました。新聞の包装紙が剥がされると、中から大きなアルマイトのヤカンが登場。一応、鈍いながらも金色を保っていますが、長く使い込まれた歴史が表面の凹みに読み取れるしろものでした。自分が小さかったからなのか、そのやかんがやたら大きく感じていました。
母はそのヤカンで、よく夜間に麦茶を煮出していました。大きなヤカンはもちろん冷蔵庫に入らないので、出来上がった麦茶を冷やすためには庭の井戸水に頼るほかはありません。大きな金だらいに井戸水を張り、そのままヤカンごと漬けていました。翌朝、母の「誰かヤカンを持ってきてくれる」という声に、兄を振り切り、庭の井戸に向かって縁側を蹴って飛び出しました。
井戸の周りのセメントには苔が生えていました。ヤカンを持ったままツルッと足を滑らし、周りに麦茶をばら撒いてしまったのです。その瞬間、私は冷えて固まりました。ヤカンに残った少しの麦茶を見て、兄は「お前の分はないからな、今日は」と本気で怒っていたのを思い出します。ペットボトルの現代にはあり得ない話。伝承かめ壷造り・本格芋焼酎「幸蔵」で乾杯、あの昭和の「冷えた」麦茶に。