掃除婦の手引き書
No.547 / 2022年11月21日配信
ルシア・ベルリン著、掃除婦のための手引き書(講談社文庫)。その噂は聞いてましたが、今年発売されていた文庫本をやっと手に入れました。本の帯には2020年本屋大賞(翻訳小説部門)第2位、第10回Twitter文学賞(海外編)第1位と明記されています。火のついた紙巻きタバコを指に挟んだ著者の写真が表紙です。ページを捲るとその顔からは想像しにくい剥き出しの表現にガツンと殴られてしまいます。
彼女は太平洋戦争が始まる5年くらい前にアラスカで生まれ、鉱山関係が仕事の父親に連れられ生活地を変えながら育ったそうです。子供の頃の話では南米も出てくるし、実に興味深い内容でした。さらに、シングルマザー、さまざまな職業、アルコール依存を経験した波乱万丈の人生が垣間見えて(いや、全面にその人生が溢れていて)、実に衝撃的でした。どの短編も心が揺さぶられっぱなしです。
特徴的なのは文体がハードボイルド調で短文構成。的確な描写、そしてがらっぱちな言葉が生み出す強い生命力。どうしてこれだけの豊かなエネルギーを放出できたのでしょうか。私はヘミングウェイやチャンドラーが好きで、昔よく読んでいました。しかし、ルシア・ベルリンの描くこの圧倒的な表現力の前には彼らのあの「ハードボイルドタッチ」も押され気味。寄り切られそうです。
一冊にたくさんの短編が詰まっていますが、読み終わる前には「最後のページが来なければ良いのに」と思ってしまうほど。久しぶりです、この感覚は。それは残りわずかになった伝承かめ壷造り・本格芋焼酎「幸蔵」の一口と同じ気分です。実際に読みおわると、やっぱりもう一度味わいたくなり、いよいよ2度目のページをめくり始めました。ルシア・ベルリンの世界に感謝、実にいい晩秋です。