磯の鮑(アワビ)の片思い
No.574 / 2023年8月21日配信
以前、水産会社の商品カタログを刷新するのに、新鮮な魚介類の撮影をする機会がありました。カメラマンの撮影に立ち会い、仕事を進めていると、水産会社の担当の方が「はい、次は磯の鮑の片思いですよ」と言って、冷蔵ケースの中からアワビを取り出し、手渡してくれました。それは普段はお目にかかれないサイズの黒アワビで、仕事中にもかかわらず、口内には溢れるかえる唾液。
私は「自分の給料ではそう滅多に食べることができないので、やっぱりアワビは片思いの対象になりますよね」と応えると、その方は「いやぁ、それより、僕は昔から女性にモテることがなくて、自信もなかったので、片思いばかりでした。このアワビを見るたびに、残念ながら若い頃の自分を思い出すんですよ。ほんと、いつもこのフレーズが頭に浮かぶんです」と苦笑い。
「よければ、このアワビ撮影が終わったら持って帰って、食べてください」と担当者の方の天にも昇る嬉しい言葉。私はよほど食べたい顔をしていたんでしょうね。(バレていたんです)スタジオから帰宅し、辞書で「磯の鮑の片思い」を調べました。片思いの表現で、万葉集にもあるようにアワビの殻は片側にしかなく、海女さんの自分の片思いを鮑の姿に重ね寄せた表現だということでした。
久しぶりの海産物直売所でアワビを見かけました。秋冬の産卵を迎える前の「夏の時期」がアワビの旬だといいます。その姿を見るとあの撮影の件を思い出します。時代は変われどもやっぱり自分の財布の軽さを嘆くばかり。万葉の心などはどこかに置き忘れています。いつかは伝承かめ壷造り・本格芋焼酎「幸蔵」で飽きるほどの鮑のバター焼きを楽しみたいものです。妄想は尽きません。