近所の道を旅する
No.170 / 2012年6月11日配信
「その本、犬をカヌーに乗せて川を下る人でしょ?」と家人が訊ねた。私はちょうど新しい本を切らしていたので、本棚から野田知佑(のだともすけ)の古い文庫本を一冊抜き出して読んでいたところでした。「インスタントラーメンのCMだったわね?」とさらに、しつこく問いかけてくる家人に根気負けして、寝転んだまま「あぁ」と無精のナマ返事。
ハードボイルド探偵小説や冒険小説が好きだった私に、野田知佑を紹介してくれたのは会社の後輩でした。もうずいぶん前の話です。「日本の川を旅するって本、知ってますか?」と聞かれた私は即座に首を横に振りました。「日本ノンフィクション賞・新人賞をとった本ですが、これは面白いですよ」と後輩はさかんに薦めてくれました。
この本ではカヌーで川下りのルポルタージュをしながら、日本の滅び行く美しい河川の自然を嘆き、「それは人間の仕業」と明快な社会批判を繰り広げます。整然とした文体にユーモア溢れる人間性となまっちょろい人間性など軽く凌駕してしまう「骨太」な本物の人生が溢れます。その男らしい格好良さに憧れ、それ以来、彼の多くの著書に目を通すことになりました。
チャレンジしなくなった日常。ふやける心と身体の贅肉。ヨシッ、カヌーの代わりはジョギングシューズだと、私は近くの公園に向けて駆け出しました。近所の道を駆け巡ったその夜、伝承かめ壷造り・本格芋焼酎『幸蔵』が、「頑張ったね」と子供を思いやるような暖かい声を私にかけてくれました。悔しいけれど、私には日本の川を旅することなどとてもできません。やっぱり近所の道を旅するくらいが関の山です。