なすの漬け物
No.107 / 2010年9月11日配信
「衆矢君、あんた今週バイト代が入ったら、故郷に帰るって言うとったなぁ。あんたんち、九州のどこやったんかなぁ?」バイト先のレストランのママさんの言葉に、学生だった私は皿洗いの手を止めました。実家のある故郷名を伝えると、「これ、お土産にもって帰りや。早よ、食べたほうがええけど、まあ大丈夫やろ、ちゃんと冷蔵庫に入れときっ」と、包みをひとつくれました。
包みは小さいけれど、何やらずっしりしています。「京都は漬け物が美味しいさかい、あんたのお母さんも喜んでくれるやろ」と、今日、京都の実家から戻ってきたママさんは包みの中身が漬け物であることを教えてくれました。京のなすはとびきり美味しいし、そのぬか漬けはもう絶品よ、と言葉を付け加え、にっこりと微笑みました。
やっと貯まったバイト代を使って乗り込んだ、貴重な帰省の新幹線。それなのに、途中の岡山駅に着いた瞬間、何か尋常ではない嫌な感じに襲われました。喉まで出かかっているのに出て来ない歌手の名前を思い出すのように、じれったさばかりがまとわりつきます。あ~っ、そうだ!お土産にもらった京都の漬け物を、部屋の冷蔵庫に置き忘れてしまっている!時すでに遅く、新幹線は岡山駅を後にしていました。
「あなた、秋なすは今夜の天ぷらに使うね!残ったのはぬか漬けにしとくわよ」と家人の声が聞こえる土曜の午後。「ああ、忘れないように頼むよ」と言ったとたん「京のなすぬか漬け」が脳裏に。グラスの中の伝承かめ壷造り・本格芋焼酎「幸蔵」は分ってくれています。私が岡山駅を出た後、次の駅でUターンして漬け物を取りにいったことを。そして次のひと月、インスタントラーメンの日々が続いたことを。