土 筆
No.88 / 2010年3月1日配信
春の季語になっている「つくし」ですが、漢字では「土筆」という書き方が代表的です。そういえば形状が筆の先に似ています。澄み切った小川の水や吹き抜ける風はまだ冷たくても、3月に入ればもう春です。そんな頃に一番早い春が訪れる場所は、つくしが頭を出す陽の当たる土手だったような気がします。幼い小学生の頃、母と一緒に田んぼをいくつも越えて「つくし取り」に出かけた思い出は、今でも色褪せてはいません。
母は私たち兄弟をいつも一緒に連れ出しました。そうなると、決まって「つくし取り」の競争になります。喧嘩はもちろん、正月の雑煮の餅の食べ比べも兄には歯が立ちません。いつだって、なんとか兄の鼻を明かせないものかとチャンスを伺っているので、小さな挑戦者にとっては、この「つくし取り」がかっこうの戦いの場になりました。しかし、つくしを探し出すことは難しくないはずなのに、やっぱり兄の収穫量には及びません。
悔しい気持ちを抱きしめて、夕日に照らされながら家路についたものです。帰りつくと、さっそく母は袴をとり、灰汁抜きをし、甘辛く煮付けてくれました。たまには、それを卵でとじて、柳川風煮込みにしてくれたこともあります。不思議なことに、子供の舌では旨味に感じられない「特有の苦み」も美味しく感じたものです。
母が体調を壊して最初に迎えた春の日に、私は「昔、みんなでつくしんぼ取りに行ったね」とベッドの母に話しかけました。すると母は、私が兄に摘む量を負けた日には、帰り道に必ず手をしっかり握りしめて慰めてくれたそうです。「そういえば、ずいぶん食べてないねえ」と母がポツリ。そして、十数年後の今、伝承かめ壷造り・本格芋焼酎「幸蔵」の湯気を揺らす春の夜には、母の一言と懐かしい「つくしの煮付け」を思い出します。「そういえば、ボクもずいぶん食べてないなぁ、母さん」